人間劇場とは

反常識的なもの、よけいなもの、風変わりなもの、猥雑なものへの賛歌

ようこそ、人間劇場へ。

当サイトが扱う主題は、ずばり「人間」です。

とはいっても、このサイトのコンテンツには、立派な人の話、健全な人の話、格調高い批評、あるいは美しい動画や画像はあまり出てきません。

というわけで、ご自分を「正しく真っ当な人間」だと思われている方にとっては、不愉快千万なテキストや動画、画像だらけなのかもしれません。

ご容赦ください。

私どものコンセプトは、人間の弱さや愚かしさ、劣情や奇妙なものへの偏愛といったものへの全肯定であり、とりわけエロいものには力を入れたいと思います。

カトリックでは人間の七つの罪、すなわち「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憤怒」、「怠惰」、「傲慢」、「嫉妬」を固く戒めていますが、そんな戒めは『人間劇場』にとって「屁のツッパリ」にもなりません。あっ、品のない表現で申し訳ありません。

当サイトにたどり着かれたのも何かのご縁、ともあれ一度覗いてみてください。

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人間劇場
アラーキー先生と僕

第6回:特殊歌謡バンドペーソス誕生

荒木さんが体調が良かった頃、人妻エロスの連載が始まった頃ですね。撮影が終わって、新宿へ向かいます。「伊吹」という、すき焼き屋さんで打ち上げして、そのままゴールデン街入口あたりにあったカラオケバー「花車」へ。

当時は1日に人妻さんを3人撮影していて、その3人目の人を連れて「花車」までご一緒します。そこでは当然カラオケバーでですからみんな歌いまくります。最後に荒木さんも得意の八代亜紀の「愛の終着駅」を歌い終了。

ところでこの「花車」には、海外から荒木さんに会いたいという人々がよく訪れました。勿論のこと日本人のアーティストも。こじんまりした店だったので、来客は大喜びで荒木さんと交流を深めたのでした。

ジム・ジャームッシュやビヨーク、レディー・ガガも来たでしょうか。優しい荒木さんのこと、気遣いも半端じゃなかったなぁ。店の壁中に荒木さんの写真が飾られていて、みんな大いに楽しんでいたみたいです。

そんな2012年の暮れのこと。その夜は忘年会を兼ねたカラオケ大会でした。私がいつものように「歌え!」と命令され、ムード歌謡を気合いを入れて熱唱し、歌い終えると、

「オマエ、いいかげん他人の曲を歌うんじゃなくて、自分の歌を演れ!」

と言われました。えっ? 自分で作った曲を歌えってこと? どうもそういうことらしい。面白いこと言うなぁと、驚いてしまいました。でも私、それもいいなぁと出来るかな?  出来そうかなと、思っちゃうところが不思議です。

というか、そういうことを言うと荒木さんがスゴイ人です。それじゃあ作ってみようかという気にさせられるんです。で、実際に詞を書いて、鼻歌でメロディーを作り、その頃趣味でギターを弾いていたI氏にお願いして2人で私の事務所で練習すると、これがスグに出来ちゃいました。

「甘えたい」という曲です。その曲を、やはり「花車」で荒木さんに聞いてもらったところ、「いいじゃないか!」と誉めて頂いたんです。その場にいた木暮さん(ビデオメーカーの社長さん)が「このレベルの曲が5曲出来たらうちでCD出してあげるよ」と言って下さったのです。

されで私「独り人」「風に揺れている」「男嫌い」「霧雨の北沢緑道」の4曲を作りました。それを木暮さんが手配してくれたスタジオで録音して、本当にCDにしてくれたんです。

さて、それじゃあ2人のユニット名をどうするかってことになり、私は若い頃は苦手だったペーソスという言葉を使うことにしました。私が丁度50歳の時です。アラーキーがセンチメンタルなら俺たちはペーソスでいこうなんて思ったんです。若い頃は好きじゃなかったけど、今じゃペーソスしか残っていないからです。ギリシャ語でパトス、意味は哀愁です。

その後、アラーキーの関係するイベントやパーティーでは必ず歌っています。そんなあ時、集英社の忘年会で呼ばれて演った時、司会進行をやっていた社員の井原氏が、妙に昔の玉置宏っぽい雰囲気があって、「ペーソス」にピッタリだったので、彼に専属司会をやってくれないかとお願いすると、快く引き受けてくれてペーソスは3人になりました。

以来、コツコツとライブ活動を続けていると、末井昭氏がテナーサックスで加わり4人グループに。当初はゲスト的に演りたい時だけ加わるという感じでしたが、今では欠かせないメンバーになっています。

というのも、実は肝心要のギターのI氏が7~8年目にして辞めると言い出したんです。あれは北陸のツアーの帰りの新幹線の中だったような気がします。収入にはならないし、仕事にも影響するから、だったような気がします。

私は唖然としてしまいました。どうしょうと頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなって、返す言葉を失ってしまいました。それから大変です。もぉオシマイにしろってか? いやいやそれは出来無い。さて困った。そんな時、井原氏が行きつけの西荻のバーのマスターの紹介で、米内山君というギタリストを連れてきたのです。

これで何とか続けられると、ホッとしていたら、末井さんが落ち込んでいた私を盛り上げようと正式にメンバーになってくれたというわけです。優しい末井さんに救われました。

以来「ペーソス」は存続し、今また新たにクラリネットの近藤哲平氏も加わり、5人で活動しています。新曲もふえて、レパートリーは120曲はあると思います。

そんな「ペーソス」を見た荒木さんに、「5月25日はアタシの誕生日だから、その記念の写真展のオープニングパーティーでアタシの曲を作って歌って欲しい」とお願いされ、毎年アラーキーに捧げる曲を作り歌っています。昨年は中から5曲選んでCDも作りました。一番嬉しかったのは、荒木さんが、「センチメンタルな旅」という曲を作れって言われた時です。

えっ! そんな曲作っていいの? マジで? うわぁ~! ってなもんです。で、そのCDのタイトルが「センチメンタルな旅」になって、東京都写真美術館での荒木さんの写真展のオープニングセレモニーで歌い、ミュージアムショップでCDも販売させて頂きました。正直言って、声が震えて少し涙目になってしまったのがくやしかったです。

結局荒木さんとの仕事の中から「ペーソス」のライブ活動が始まったのです。

今現在のメンバーは私島本(ボーカル)と米内山尚人(ギター)に末井昭さん(テナー・サックス)、そして最近新たに近藤哲平(クラリネット)も加わり、スマイリー・井原(専属司会)の5人で演っております。

多い時は年間100回も演りましたよ。それに毎年春は大阪ツアー、夏は北海道(札幌・旭川・帯広・常呂)、北陸は金沢や片山津へと出かけて行きます。最近の旅行ってこれだけです。メンバーは5人全員が参加するわけじゃありませんが、参加出来る人が加わるという、わりと自由なグループです。

とはいえ、私は休めませんボーカルですから。それとギターの米内山君も。司会のスマイリー・井原は必ず参加してくれています。一度銀座のライブに来ないことがありましたが、何とか演ったような記憶が。

詞と曲作りは私と米内山君とで仕上げます。荒木さんが体調を崩す以前は、下北沢のギャラリー「ラ・カメラ」での荒木さんのマンスリーポラロイド展で、1日のオープンニングパーティーで毎月新曲を披露しておりました。荒木さんに聞いて頂いて、その感想を聞くのが楽しみでした。

でもここ何年かはオープニングパーティーも無いので、年に2~3曲作るくらいです。だってもぉレパートリーが100曲以上有りますしね。

それにしても私を含めメンバーはオヤジばかりですが、年齢的に世代は様々。末井さんが70代、私島本は60代、スマイリー・井原は50代、近藤哲平は40代、米内山君は30代と、珍しいですよねこの5世代が集まってるのって。ただハッキリ言えるのは、みんな若く無いってことです。ライブに来てくれる常連のお客さんもチラホラとお亡くなりになられております。ペーソスですなぁ(笑)。

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