黒島……。
沖縄県八重山諸島に位置する。島の形がハート型であることから、ハートアイランドとも呼ばれる。
石積みの塀と蒼い空。
遠浅の海と水平線が交わり、永遠に青の世界が広がっているかのようだ。
村西とおるはこの島が気に入り、何かというとここで2,3週間の長期ロケを組むのが恒例になった。
「黒島では13人も撮ることになったんですけど、そのなかにはあの青木琴美さんがいたんです。『海賊チャンネル』に琴美さんと(明石家)さんまさんが司会してたんですよ。だから、琴美さんが砂浜を歩いていると、ああ、スターがいるって羨望のまなざしで見ていたんです。イメージシーンの歩き方、参考にしなさいと(村西)監督から言われたのを憶えています」
青木琴美とは、2008年、『僕の初恋をキミに捧ぐ』で第53回小学館漫画賞少女向け部門受賞した活躍中の漫画家ではなく、もうひとりの青木琴美である。
1980年代初頭、モデルで活躍した後に、1983年10月「セーラー服百合族 2」(にっかつ)でスクリーンデビュー、その後、村西とおるのもとでAVに転身し、ロリコン日記、ロリータ舞姫、といった美少女イメージの作品で人気を博した女優である。
沙羅樹に似た白い透明感のある美肌にブラウンがかった瞳で小悪魔風の魅力があった。
雰囲気が似ていることから、後に沙羅樹は青木琴美から妹のように可愛がられるのだが、このときはまだ右も左もわからないまま、業界の先達の歩き方を見ていたのだった。
「13人のなかで最後なんですよ、わたしの番が。それまで何もすることがなくて、部屋にあったテレビも放送しているのは2つの局だけで見飽きたし、週刊誌も全部読んじゃったし、何にもすることがないから寝てるだけ」
夕食の後、村西監督から呼び出された。
「それでは撮影します」
ねこなで声がはじまる。
AV業界で活動することが他社より1,2年遅れた村西とおるとクリスタル映像であった。当初は泣かず飛ばすだった村西監督作品も、擬似作品が主流のなか真性の性交、本番物を撮りだしてから売り上げを伸ばしていった。
村西とおる飛躍の瞬間はあるハプニングからだった。
1985年晩秋。
那須高原で撮った女教師物の最中、女教師を3人の不良高校生が教室で犯すシーンのときだった。
無理矢理、女教師の口中に一物をねじ込み、陵辱しようとしたところ、女教師役の女優あまりにも口舌テクニックが絶妙だったために、不良高校生役の助監督が思わず口中で漏らしてしまった。唾液とともに流れ落ちる白い奔流。
本来なら撮り直しなのだが役者のスケジュールもあって、そのまま進行してしまった。
カットがかかると、女優は口をぬぐい、漏らした助監督に、「なんてことするの! 彼氏にもこんなことしたことないのに!」と詰め寄った。
1985年当時、恋人同士の私生活でイラマチオや口内発射はごく少数のプレイだったのだ。
ハプニングシーンは、猥褻感たっぷりの思わぬ効果を生み、問屋筋から好評で、大いに売れた。
「監督、またあんなやつ、撮ってよ」という要望を受け、フィニッシュに女優の顔めがけて男が放出するシーンをもっていったところ、爆発的に売れた。
*
沙羅樹は別室に招かれた。
「きみみたいな素晴らしい娘と出会えるなんて思わなかった。ナイスですね。渋谷のプールバーで見たときからもうあなたのことばかり考えてたんです。嘘じゃありません。さっそくですが、今日まず提案させていただきたいのはこれから撮るビデオの話、沙羅樹のデビュー作をいかに撮るかなんですけど、うーん、素晴らしいね、チャーミングで、白い肌にエメラルドグリーンの瞳、薄桃色の唇。本当に日本人なの? クォーター? ああ、日本人なんですね。うーん、ナイスだね。素晴らしすぎるね。ちょっと背筋伸ばしてみて。ああ、プロポーションもすばらしい。ファンタスティック!」
村西とおる必殺の応酬話法が18歳の少女に向けて炸裂する。
応酬話法とは、本来営業マンが顧客にいかに商品を売るか、そのセールストークの手法を意味する。
エンサイクロペディアという英語百科事典セールスマンをやっていた村西とおるは、全国セールス記録第1位を維持しつづけた。
そんな彼が、AV出演をためらっている少女たちへの口説き文句として応酬話法が極めて有効な手段になったのである。
沙羅樹の場合は、両親がすでにAV出演を許諾していたので、村西とおるが父や母の話を持ち出すことはなかったが、本来、出演の際にもっとも障壁となる両親の存在を村西とおるは真っ先にもってくるのだ。
「あなたの素晴らしいスタイルはあなたが努力して築き上げたものではないのですよ。いいですか。あなたの素晴らしいスタイルはあなたを生んでくれたご両親からいただいたものなんです。あなたはまずお父さんお母さんに感謝してください。わかりましたね。あなたの努力はその後なんです。わかりましたね」
一番の障壁を逆に出演動機にすり替えてしまう。ここでAV出演することが両親への恩返しになるという錯覚を起こさせてしまうのだ。村西流応酬話法である。
この時期、村西とおる監督作品は本番物と非本番物が混在していた。沙羅樹はすでに擬似性交の作品に出演することは了承していたのだから、あえて本番物を持ち出さなくても、沙羅樹のルックスなら十分売れたはずだ。
それなのに何故に壁を高くするのか。
すでに橋下ルミ、という名義で他社から出演していたことを乗り越ようとしたのではないか。
この男には難攻不落とされる相手を攻略するのが本能的に好きなのだ。
村西とおるが提案した真性性交は、18歳には重荷であった。
「その13人の出演者たちのなかで、(本番)してる子、してない子、まったくわからないんですよ。”(本番)したほがいい”と(村西)監督が言うし、わたしは、”しないほうがいい”と反論するし、いつの間にか夜中3時になってました」
打ち合わせは夜10時からはじまり、すでに5時間が過ぎていた。
5時間も口説き落とそうとする38歳の男の情熱もすごいが、対する18歳の少女の強い意思も並大抵のものではない。
「わたしは言ったんです。”本番してしまって作品が評価されなかったら家にも帰れないですよ”と言ったら、監督が、”きみは絶対に売れるから大丈夫だから”と言い切るんです。話しているうちに、これだけ勧めてくれるんだから、いいかなと思いました。覚悟を決めて受け入れたとき、わたしから言いました。”台本は監督がつくるから、もし売れなかったら監督のせいですよね”。生意気でしたねえ。わたしまだ18歳ですよ。でも言うことは言っておかないと。10代の自分が信じてついていく大人は自分の目で見極めよう、と思ってましたから」
黒島のさんざめく陽光のもと、沙羅樹が脱いだ。
撮影がはじまった。
(続く)